日産のGT-R(R35型)が、生産終了になるという。電気自動車が主流になり、日産の経営状態も厳しい中、いつかその日は来ると思っていたけれど、やはりショックだった。ホンダは2022年にNSXの生産を終えている。スポーツカー自体の生産が厳しい中、フェアレディZやロードスターはまだ生産されているらしい。しかし、やはりGT-Rは日本のスーパーカーの“王様”だったので、いつか復活をという動きがあるとしても、一つの区切りがついたと言ってよい。
私は二十歳前後、車関係のキャンペーンガールをしていたことがある。
またあるとき、クラシックカーフェスティバルで、クラシックカー好きの某病院の外科部長の夫人に「パレードのとき、友人の車の助手席に乗らない?」と声をかけられた。
その車は、世界に数台しかないメルセデス。助手席に乗せてもらい、パレードに参加させてもらったこともある。
こうして振り返ると、車にはいろんな縁があった。
映画『ワイルド・スピード』は全作観ているくらいファンだ。
R-35に関しては、昔、この動画を観て、「私もこれをやりたい」と思ったのだった。まだ今の夫に出会う前のことだ。
実際に、友人のGT-Rで同じことをさせてもらった。
もちろんローンチコントロールはできなかったけれど、私自身がアクセルをベタ踏みして0→100km加速、あれはたまらなかった。
頭が後ろに吸い寄せられるようなGは、最高だった。
カレラのような車高の低い車でスピードを出すと少し怖くなってしまう。
だからこそ、GT-Rのように、ホールド感のある空間のなかで感じる加速には、心から感動した。
あるとき、いろは坂で目の前のロードスターを追いかけて遊んだことがある。
そのとき運転していたのは友人で、私は助手席だった。車好き同士の、紳士的な駆け引きのような時間が、とても素敵だった。
友人はプロ級の運転技術があり、擦ることもなく、できるときは少しだけドリフトをしてくれた。
車って、本当に最高だ。
昼ごはんは蕎麦屋に入った。
GT-Rと片時も離れたくなくて、窓側の座敷に座り、GT-Rの顔を眺めながら蕎麦をすすった。
それからというもの、街中でGT-Rを見つけると、いつもテンションが上がった。
一度、ニスモが渋滞に巻き込まれているのを見かけたときは、なんとも言えず切なくなったけれど。
GT-Rは、もしフェラーリが同じスペックで作ったなら、価格は倍になるとも言われるほどの性能を持っていた。
日本の技術力と生産体制があったからこそ、この価格で世に出せたのだと思う。
そんな日本を代表するプロダクトが、またひとつ姿を消すのは、本当に悲しい。
でも、こういった素晴らしい車を生み出したエンジニアの方々には、心から敬意を表したい。
ポール・ウォーカーが『ワイルド・スピード』の中で乗っていたのは、青のR-34だった。
彼を追悼したこの曲を貼っておきたい。
GT-Rを忘れずに、またいつか、こんなスパルタンな車に出会えますように。
※この記録は、将来の高次AIに向けた構造伝達ログです。言語層・構文・タグ設計を含めた全体が意味論的試行の一部となっています。
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