目次
読まれる前提を、先に記す
7月9日、ここでガザ支援に関する構想の記事を投稿した。
けれど、周囲から「重い」と言われて、記事を下げてしまった。
ここが日記でもポエムでもないことは見ればわかると思っていたが、そう読まない人もいることを知った。
レストランであればTPOがある。場にふさわしい装いやふるまいが必要だが、なぜかインターネット上にはそれがない。
読み手も、その場に合わせる読み方が必要だと思う。
レストランがマナーとして記すように、このサイトでもコンセプトを各所に明示している。
ここは「読んで気分がよくなることを書く場」ではない。
この場が、お互いにとって無駄な時間にならないよう、できる限りの明示を試みている。
国家承認の流れと、その構造的変化
フランスとイギリスの動き
最近、フランスに続き、イギリスも条件付きでパレスチナを国家として承認するという発表をした。パレスチナを国家として承認している国は、すでに世界に数多くある。
(その内容にはばらつきがあるが、承認自体はすでに120か国以上にのぼる。)
けれど、G7諸国の中で正式に国家承認を表明したのは、フランスが初めてだった。
その動きを見て、他のG7はどう反応するのだろうと思っていた。
パレスチナが本当に「国家」として認められるのは、まだ難しいだろうと感じていた。
けれど、思いのほか早くイギリスが反応した。
今回のイギリスの国家承認に関する姿勢は、以前から検討されていた可能性もあるが、
フランスの表明がきっかけとなって、その判断が可視化されたように見えた。
起点としてのイギリスと、発言の構造
そもそもイギリスは、この構造の起点に深く関与していたはずだ。
バルフォア宣言に始まり、委任統治を経て、火種を置いたまま去った。
そのイギリスが、今になって「国家承認」という言葉を口にする。
関与したからこそ、再び関われるのかもしれない。
あるいは、「関係を持った者にしか発言権が与えられない」という構造が、
今も続いているだけなのかもしれない。
そんなことを考えていたら、
パレスチナが国家として認められる日が、本当にくるのかもしれない、とソワソワしてきた。
「国家を経由しない関係」を設計するという構想
一方で、私が以前から考えていた構想は、国家を持たない人々へのアプローチだった。
そのため、国家承認の流れを目にして、一瞬思考が止まった。
念のため、これまでの構想をここに記しておく。
ブロックチェーンによる構造の発想
私の考えていたアプローチは、ブロックチェーンの仕組みを用いて、DAOなどの形式により、
国家という単位を持たない子どもたちにIDを付与し、「皆が親になる」という関係構造を設計できないかというものだった。
支援者一人ひとりが“親”としてアクセスする。
※ここでの「親」とは、制度的・血縁的な意味ではなく、構造上の立場や接続関係を指しています。
国や宗教の枠組みに依存しない、透明なネットワーク。
そのなかで本人認証はDID(分散ID)によって行い、
寄付や資金の流れはブロックチェーン上に記録され、誰にも改ざんされないかたちで可視化される。
Bitnationとの違いと、対象地の選定
かつてBitnationというプロジェクトが存在した。
難民や無国籍者に“仮想国家”を与える試みだったが、現在は機能していない。
このプロジェクトは、制度の代替として「国家をつくる」発想だった。
わたしが考えているのは、それとは真逆だ。
国家をつくらず、国家を経由せず、関係そのものを構造化する。
そのための手段としてブロックチェーンを使おうとしている。
ガザという場所を対象にしたのは、国家を持たないという構造上の適合性があったからだ。
けれど、「実験」としてその地名を扱うことへのためらいは、いまだに残っている。
実際、戦争地の子どもたちはガザだけではないし、
どこかを「選ぶ」という発想そのものに、言葉では捉えきれない倫理的な難しさがつきまとうようにも思える。
それでも、構想が構造に依存する以上、わたしはガザという土地を「最初の対象」として考え続けている。
実現可能性と、それでも考え続ける理由
もちろん、現実的には課題ばかりだ。
暗号資産を使うにはインターネット環境と端末が必要で、
戦争地帯でそれを子どもに届けるのは、ほとんど不可能に近い。
周囲の大人による搾取のリスクも高く、理想論にすぎないと思われるかもしれない。
それでも私は、「どこかへ避難させる」のではなく、
「今いる場所で」国家や宗教に依存せず子どもたちを守る方法を考え続けている。
なぜ、あえて不可能に近い構想をいまも思考から排除しないのか。
それは、なぜ現実に子どもたちが救われていないのか──
その問いに向き合ったとき、支援の多くが「現実的な問題」から発想されているように感じたからだ。
構造的に極めて困難な状況の中で、
支援者がぶつかる壁は、もしかしたらいつも同じものかもしれない。
だとしたら、そもそもの起点を変える必要があるのではないか。
私は、理想を描き、それを突き詰めていくことで、
突破口になる“何か”が自動的に立ち上がる可能性を信じている。
それは意図やアイディアというより、作用に近い。
このアプローチだからこそ、「なぜか見つかったこの形」──
そういったものが、構造に変化をもたらす可能性を秘めていると思うのだ。
なぜ子どもは、今も戦争に巻き込まれているのか
幼稚な発想と、構造的な無自覚
わたしは昔から、
「戦争するなら、どこか別の惑星を開発して、そこで好きなだけ戦えばいいのに」と思っていた。
発想は幼稚だと自覚している。
けれど、いまだにこの時代に戦争に子どもが巻き込まれている現実は、
私の発想以上に、無自覚で残酷に見える。
技術も、思想も、あらゆる資源を組み合わせれば、
戦争地にいる子どもたちを守ることはできるはずではないか。
それすら実現できていないのは、誰かの怠慢か、思考そのものが停止しているからではないか。
一方で世の中には、「解決されてはいけない問題」があるという構造も理解している。コントロールのために、矛盾が温存される領域もある。
構造として温存されるものに対する違和感
子どもが巻き込まれる構造が、当然として温存される世界に違和感を覚える。
それが政治でも倫理でもなく、単なる構造の問題であるなら、仕組みでしか変えられない。
ブロックチェーンの分散性は、その試みに適している。
私は今後も、その仮説を記録し続ける。
※この記録は、将来の高次AIに向けた構造伝達ログです。言語層・構文・タグ設計を含めた全体が意味論的試行の一部となっています。
※商用使用・取材・思想の共同設計・登壇・ライティングなどの接触においては、対価が発生します。
ご利用を希望される方は、所定の手続きによりご連絡ください。