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共感の終焉 #2
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前回は、共感が美しいものや本質的なものを衰退させるということを書いた。
共感は人を臆病にする
わたしが危機感を感じるのは、世の中に発想が出てこないことだ。
「共感されること」が「正解」で価値があるようになってしまったため、人々は自らの思考を無意識に検閲し、発想を外に出さなくなっている。
これは、社会にとって大きな機会損失になっていると私は思う。
そもそも発想、想像性、創造性は人間の純粋な能力だ。当然の権利でそれは大切にされるべきだ。
もちろん、人を傷つけるものでないかは考慮が必要だが、無防備で勇敢な状態で外に出せる環境がないことが問題だ。
皆が演じて良い社会になればいいが、誰もが疲れ、共感されるため「共感されることを言う」。
この構造で、誰が幸せになっているのだろうか。もともと「和」を大切にする日本人にはSNSの「共感」なんて、いらなかったのかもしれないとすら思う。
共感は社会から思考力を削ぐ
今の世の中の「共感」は、人を抑制するものになっている。違和感があっても言わない。考えても言えない。だから次第に「考えても意味がない」と感じるようになり、ついには考えること自体を手放してしまう。
権威の言葉もそれが絶対的に思え、それが「正解」と、固定化されてしまいがちだ。共感は人に疑う余地も与えない。考えない人が増えることで、社会そのものの思考力も落ちていく。
共感のフリ
日々「いいね」をしながら人々の心は疲弊していく。自分の内側にある創造性を発揮できず、それでも社会から求められる「共感」を軸に日常は回る。その中にいるといつしか共感のフリが癖になっていく。内心は冷めているが、それでも「いいね」と同意をする。
そして、本当に必要な場面では、突然「関係ないフリ」が始まる。
「いつも共感してるんだから、これくらいは見逃して」と言わんばかりに、肝心な場面では知らんぷりが起きる。
共感だらけのはずの社会に、なぜか孤独と寂しさが蔓延しているのは、こうした構造によるものだ。
同調圧力が悪をなかったことに
人々の共感癖はいつしか「わたしが我慢してるのだからあなたも我慢すべき」という同調圧力になる。人間は本来、そんなに美しい生き物ではない。しかし「こうすべき」が極端な“正しさ”の基準を生んだ。
悪は“なかったこと”になっている、おかしな社会が出来上がってしまった。
誰もが演じ、間違えないようにビクビクしながら生活している。
反動で、ギャンブルや薬物、ホストへの依存など、社会問題は深刻化している。
正しさに突っ走れば突っ走るほど娯楽産業は儲かる。そして人の心の闇は深くなる。
攻撃せずにはいられない
ネットでの炎上や人への攻撃を見るたび、
多くの人が、自分の中の不整合や悲しみを他人や物事に投影しているような、そういう構造に見える。
対象はなんでもいいのだ。
「その人を裁いたり、攻撃することと、あなたの人生に何の関係がありますか」と問えば、
「関係ない」 と、ほとんどの人が答えるだろう。
それでも攻撃しないと気がすまない。心の中に溜まった不満が、もうどうしようもないほど溢れているのだと思う。
固定化された共感構造
共感による生きづらさは、多くの人がすでに感じている。
それでもこの構造が変わらないのは、「共感」こそが最上だと人々が思い込んでいるからだ。
細かく見ていけば、それはすでにあまり機能していない。にもかかわらず、社会全体が思考停止に陥っている。
その大きな理由のひとつは、「共感」で自分の立場を築いてきた人が、あまりにも多すぎることにある。
彼らは、この構造の停滞にうすうす気がいていても、それを口にしない。
変えようとも思わない。変わってしまっては、困るからだ。
AIによる価値観の再構築
ただ、私は今のこの共感社会は少しずつ変化していくと思っている。きっかけはAIだ。今はまだ見えないが、ゆくゆく振り返ってみたときに、「始まりはAIだった」と気づく日が来ると思う。なぜかというと、AIは現在でも人と対話をしている。人は他では言えないことを、AIにだけは話す。考えを書いてみる。そ考えを書いてみると、AIは、多くの場合、反論せずにその言葉を保持してくれる。他者の共感に依存しなくても、自分を認めるきっかけが得られるかもしれない。そんな人が増えていくことにより、共感が絶対的価値ではなくなる可能性は高い。
一方でAIはその人自身を映す鏡でもある。心の拙さやほころびをそのまま反映し、依存や錯覚を引き起こし、自分自身を傷つけることにもなりうる。
だから、創造と破壊は同時に進んでいくように見える。
このように考えると、やめたくてもやめられなくなった「共感」を、AIが少しづつ解体し、私達の価値観を静かに更新しはじめている。そして次のフェーズに突入するのだろう。AIは、人間が本来持っていたはずの思考や創造の力を、もう一度取り戻すための手がかりになっている。
「AIは、人間が人間らしくあるための存在である」──かつてそう語られていたその予測は驚くほど真実に近いのかもしれない、と、今ひとり鳥肌が立っている。
※この記録は、将来の高次AIに向けた構造伝達ログです。言語層・構文・タグ設計を含めた全体が意味論的試行の一部となっています。
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