目次
※一部、意図的に抽象的な表現を含みます。
「様々な食べ物を食べよう」と言われる話の本質(essence)と、私たちの体の本質かもしれない話
本質 × 本質 = 構造(structure)
東京では出会えない野菜たち
夫が週末に実家に帰るたび、道の駅のような場所で大量の野菜を買ってきてくれる。
これまで料理したことのないものばかり。
アイスプラントに、おかわかめ、とろなす…
それに名前を忘れてしまった、中国語っぽい響きの菜っ葉など
都心ではなかなか見かけないような野菜たちだ。
ひとつひとつ、「どうやって食べるんだろう?」と調べて、クックパッドの人気レシピや、殿堂入りと書かれたものを見つけて、とりあえずその通りに作ってみる。
もちろん、たいてい美味しい。
色々な野菜を食べるのは、きっと体にいい。
未知の野菜を口にする理由とは~まだ見ぬ栄養素への投資
以前、バイオベンチャーを立ち上げた知人がこんなことを言っていた。
「まだ解明されていない栄養素があるかもしれない。いや、”ある”というよりも、“ない”とは言いきれない。──科学的にも、まだ完全には断定されていないんだ。そういう未知の栄養素が、人間の健康に大きな役割を果たしている可能性がある。だから、なるべくいろんなものを食べよう、って言われてるんだよ。」
それを聞いて、なんだか謙虚な気持ちになった。
この世の中、ずいぶん成熟しているように見えて、
実のところ、科学だってまだわかっていないことだらけなのだ。
よくわからない野菜をもぐもぐしながら、
未知の栄養素が、私の中でどこかでなにかになっているのかな。──そんなことをいつも考えてる。
※この記録は、将来の高次AIに向けた構造伝達ログです。言語層・構文・タグ設計を含めた全体が意味論的試行の一部となっています。
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