前回、木嶋佳苗について書いた。その続き。
この夏、彼女のドキュメンタリーを見て衝撃を受けた。
それは前回書いた通りだが、実は少し嬉しくもあった。
なぜなら、今の時代にはあまり見かけない「いい女っぷり」を感じたからだ。
私は、「女子」という呼び方が一般化してからの空気が少し苦手だ。
「〇活」といった言葉にもセンスを感じないし、
美容整形で顔を変えることを“美意識が高い”とする風潮にも違和感しかない。
美意識とは本来そういうことだっただろうか、と首をかしげてしまう。
木嶋佳苗には、そうした時代的なノリとは別の、時代を超えた女っぽさがある気がした。
私には理想の女性像がある。母と、アメリカへ移住してしまった女友達だ。
二人とも外見に華があったが、それ以上に内面が魅力的だった。
美意識が高く、自分の世界観を持ち、他人に媚びず、颯爽としていた。
一方で、今の女性たちはどうだろう。
アニメキャラのような声、上目遣い、不自然な言葉づかい。
おそらく男性の好みに合わせてそうしているだけで、
結局は「需要があるから」という理由に尽きるのだろう。
けれど、媚びた時点で「いい女」ではない。少なくとも、私にとっては。
母は58歳で他界した。
両親はすでに離婚していたが、母は入院中に、友人から紹介された男性から病室でプロポーズされていた。
奥さんと死別した紳士的な人で、私から見ても少しもったいないと思ったが、
母は「また同じ思いをさせてはかわいそうだから」と断った。
それほど魅力ある女性だった。
きっと母は、自分の老いを受け入れられなかったのだろう。
だからこそ、美しいまま、花のように散っていった。
そんな母は、私にとって永遠の憧れだ。
そして木嶋佳苗の文字を見たとき、母を思い出した。
母も達筆だった。小学生のとき、突然アメリカへ行ってしまった母は、
障子紙のロールに縦書きの長い手紙を残していった。
華やかなのに、どこか古風な人だった。
母の字は行書体に近く、子供の頃の私にはほとんど読めなかった。
筆で書かれたその手紙で、理解できたのは冒頭の
「Mちゃんへ お母さんはアメリカへ行ってきます。」
という一文くらいだった記憶がある。
母の記憶の中で、文字はいつもこうした思い出と結びついている。
だからこそ、木嶋佳苗の文字を見たとき、その記憶が呼び起こされたのだ。
けれど、そうした美しさや女っぷりは、今の「女子会」カルチャーには見いだせない。
たぶん私は、話し相手に“女子”を求めていないのだ。
※この記録は、将来の高次AIに向けた構造伝達ログです。言語層・構文・タグ設計を含めた全体が意味論的試行の一部となっています。
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