耳をつくった記憶たち──私を形作る音の点描

私の音楽的視点を形成したレコードジャケット18枚のコラージュ(ZNR、Soft Machine、Gainsbourgほか) Essay
私の大好きなレコードたち

trace_META_00|誰にも話さない音楽のこと

「音楽が好きです」とは普段口に出さないようにしている。なぜかというとマニアックすぎて話が合わないからだ。

かつて行きつけのレコード屋のオーナーに「自分と同じような音楽を聴く、同性の友達が欲しいから誰か紹介して。」と言ったら「いないことはないけど、皆友達を欲しがるタイプではない」と言われてがっかりしたことがあった。

本当に、これまで生きてきた中で、自分と同じ音楽の趣味の女性に会ったことがない。20代の頃、個人的に西ヨーロッパ周辺のレコード買い付けを頼んでいたイタリア人に「彼氏に頼まれてレコード買ってるんだろう?」といつも冗談を言われていた。「女の子がこんなの聴くなんて信じられないよ」が彼の口癖だった。

音楽は私にとって単なる趣味ではない。思考や視点をかたちづくってきたものだからだ。

ねじれや非対称性、構造といった感覚は、音楽との対話から得たものだと思っている。

trace_SHIFT_01|静かなる狂気、その入口

trace_FRAG_01a|クラシックが連れてきた静けさ

母がアンティークや骨董が好きだったため、子供の頃から美しい品々に囲まれて育った。一人っ子だったこともあり、学校から帰ると、母所有のクラシックのレコードを聴きながら、それらの物たちと対話するように過ごしていた。

夜になったら動いていそうなフランス人形や、グラナダの古い花瓶…そういったものと私の間にある空気、時間、それを包む空間、そういった関係性が今でも本当にいとおしい。上質な物に触れさせてくれた母には本当に心から感謝している。

trace_PORT_01b|アニメソングが開いた美意識の回路

電波越しに、世界が開いた。

その頃、テレビでは60年代、70年代の古いアニメが夕方によく再放送されていた。色々なアニメが放映されていたと思うが、「妖怪人間ベム」と「黄金バット」の音楽のカッコよさに衝撃を受けた。”抜きあし差しあしジャズ” とでもいうような、日本の演歌のどろどろとした要素を感じる楽曲は今聞いても鳥肌が立つ。

そこから私の60年代、70年代の音楽好きがはじまった。

trace_CONT_01c|無名の自慢1

その頃、タクトレコードのジャズを夢中で集めていた。
一方で、レコメン(RēR)に出会ってしまい──ZNRやAksak Maboul、Picchio dal Pozzoにのめり込んでいく。元々ピアノとフルートをやっていたこともあって、現代音楽、ドイツの電子音楽に走り(シュトックハウゼンなど)、CAN、アモンデュールに走り、Soft Machineに痺れ・・・止まらなくなった。

先述のイタリア人の男性には、Yesの「fragile」のプラム盤を譲ってもらったことが出会いのきっかけだった。ジャケを広げて鼻を近づけてみると、ほんのりとよい香りがした。ジャケットは、保管されている環境や人間の扱い方をダイレクトに反映する。以前の持ち主はこのレコードをとても大切にしていたのだろう。こういった大切に扱われていたものを譲り受けると本当に嬉しくなる。

fragileのレコードに針を落とした瞬間は今でもはっきりと覚えている。盤の状態もすこぶるよく、音圧に腰を抜かした。この経験をしてしまうと再発盤などは買う気にはなれない。

その後、このイタリア人に買い付けをお願いするようになり、世界中から素晴らしいレコードをたくさん手に入れた。

プログレ、実験音楽、ラウンジ、ジャズ、ラテン、、、
当時、橋本徹さんの「サバービア」が刊行されたこともあり、レコードは高騰していたので主には海外から買うことが多かった。

なお個人的な印象だが、日本よりもヨーロッパのコレクターのほうが、レコードを大事に扱う気がしている。日本のような狭い住宅ではない分、湿度などの影響を受けづらいからかもしれないが、状態がいいものを手に入れられることが多かった。

trace_RHYTHM_01d|リズムは日本の血でできている

その音は、DNAのどこかが震えた。

国内では、日本各地のリサイクルショップなどを回り、歌謡曲や古い民謡、ライブラリー関係のレコードなどを集めていた。筒美京平&橋本淳のコンピレーションアルバムや、松尾和子、昔の森進一、シャープファイブなどはリサイクルショップでなかなかの頻度で出会うことができた。素晴らしい経験だった。

trace_BIAS_02|高級スピーカーに問う

trace_EDGE_02a|再生してるのは、自分自身

音は完璧、魂はミュート。

一方その頃、ハイエンドオーディオを扱う小さい会社で社長のアシスタントをしていた。真空管をはじめ、素晴らしいオーディオ機器に触れることができた。
”オーディオマニア”と呼ばれる人たちと日々接していて、デジタル派/アナログ派の論争?をいつも聞いていた。

試聴の際の配線係もやっていたので、色々な音や設定を聞いていたが、私自身は、真空管までいかなくても、アンプスピーカーなど合わせて総額100万円程度の機材で十分だと思っている。

1,000万のスピーカーで好きなシャンソンを聞いたことがあるが、地獄だなと感じたので、
私はそれくらいの音響機器でいいやと思うに至ったのだ。

trace_ORIGIN_02b|盤が“こんにちは”って言ってから聴く

誰にも聴こえない音が、ジャケの中にはある。わたしには聞こえる。

私はスピーカーやアンプなどよりも電源タップや電源まわりに興味があった。音を本当に良くするならおおもとをきちんとしたほうがコストパフォーマンスが良い。

レコードは断然オリジナル派だ。Helen Merrillの状態がいいオリジナルが手に入らなければ、青江三奈を聴く。
レコード屋のオーナーなどからは「やめてくれよ。こだわりおやじみたいじゃないか。」と呆れられることもあるが、オリジナルを手に入れることは次元が違う。

まず音圧が違う。針を落とした瞬間からそこに広がる何もかもが違う。そしてジャケの匂いを嗅いだり撫でたりしてその作品が生まれたその瞬間に思いを馳せる。オリジナルのレコードという世界そのものが本当に贅沢なのだ。

なのでオーディオマニアが良く言う、音はオーディオで調整すべき、などという意見はそもそも私には無関係だ。

ちなみに、近年昔の希少な音源がレコード化されている。行い自体は価値があると思うが、エンジニアの質が本当に悪いと感じる。元の音楽を改悪する。時代によって好まれる音やアレンジは違うとは思うが、私には一生無関係な世界だと思う。

trace_CORE_03|20代で出会った3つの音楽

自分のプロトタイプがここにある。

trace_ZNR_03a|ZNR「Barricade3」

18歳の時に、ZNRの “Barricade3” を耳にしたとき、「自分の中で子供の頃から鳴っていた音楽だ」と驚いた。衝撃で、すぐにオリジナルのイザドラ盤を探しはじめた。3年ほどかかってシアトルのレコード屋で見つけることができた。”Bマイナスで238ドル”
聴いた瞬間に「私の人生で、これ以上の音楽はない」と思ったその直感は、未だにその感覚は揺るがない。もはやアイデンティティになっていると思う。

ちなみに、2枚目以降に濃くなるザズー色には、あまり惹かれない。ザズーとジョセフらカイユの感性が美しく融合した、このアルバムだけが好き。本当に音楽とは実験だと思う。

trace_MOORE_03b|R.Stevie Moore

大好きなレコメンのサンプラーでR.Stevie Mooreの “What are you looking at?” を聴き、かっこよくて腰が抜けた。センスに脱帽した。私の中では才能の人。popの天才。何を作っても飛び切りかっこいい。もう最高。

trace_IMO_03c|imoutoid

すべてが美しく、すべてが澄みきっている

2007年頃、シャワーを浴びながらラジオを聴いていた時、その番組で流れたimoutoidのデモテープ。曲は「Famicom Sangyo」だった。

曲の構造に衝撃を受け、思わずシャワーから飛び出し、耳を澄ませた記憶がある。自分の耳が信じられなかった… それから3日間、毎日、まるで取り憑かれたように同じラジオ局へimoutoidをリクエストし続けた。私は今でも、心の底からimoutoidを敬愛している。

ZNRのBarricade3、R.Stevie Moore、imoutoidは、私の中の最高の音楽。今でもこれはなにひとつ変わらない。

trace_SELF_04|この構造は、自画像である

実は無音が最上の音楽だと思っている。

音楽を聴くとは、わたしにとって世界観の創造そのものだ。自分が好きな要素をひたすら追っていく行為だ。音と自分との静かな対話。そこでまたハッとするような、新しい断片に出会い、それを追っていく。一生そんな感じだと思う。まるで巡礼のようだ。

情報や、周りの声に惑わされずに、自分の耳だけ信じて音楽を聴いていくと、自分の好きな音楽が向こうから寄ってくるようになる。相場と同じで、音楽を聴くという行為にも、神は存在すると私は思っている。

冒頭に「音楽が好き」と社会の中で発言しない、と書いた。それは聴く音楽のジャンルそのものよりも、こういった音楽と自分の関係性が一般と違うからだ。人に話すことはないのでここにせめて自分と音楽の関係性を残しておきたかった。

なお、トップの画像は好きなレコードのジャケを並べてみた。最も好きな音楽たち。見かけを考え、ジャケットが好きな作品だけを並べてもいいかと思ったが、やはり自分の心から愛すべき作品たちにした。