マーラーを聴きにいった。世界が壊れていくなかで。

暗い雲の隙間から差し込む光と、森の稜線。静けさと祈りを感じさせる風景。 Essay

こんな時代に聴く、マーラーの5番。

イスラエル大使館の若い職員二人が射殺されたという、言葉を失うような事件が起きた。
未来ある命が突然奪われたその報に、私はしばらく呼吸の深さを失っていた。
アメリカでは、トランプがハーバード大学への制裁を強めるなど、政治が教育に露骨に介入し始めている。
世界は静かに、でも確実に狂い始めている。

そんな中の5月24日。
埼玉ソニックシティで行われたカーチュン・ウォン指揮によるマーラーの交響曲第5番を夫婦で聴きに行った。

実を言えば、この日もっとも楽しみにしていたのは、前半のシベリウスのヴァイオリン協奏曲だった。
私はこの曲がとても好きなのだが、この日の演奏は、どうしても心に入ってこなかった。息が詰まるというか.、、ソリストの表現かと思ったが、ウォンのシベリウス像なのか…期待していたぶん、正直がっかりした。

「誰のものでもない祈り」としての音楽

しかし後半のマーラーは、まったく違っていた。

マーラーの5番は、死の中から命を再構築していくような音楽だ。
そしてその作曲者自身、ユダヤ系であり、ドイツ語圏に生まれ、国境と民族のあいだでどこにも居場所のなかった人だった。
差別、分断、暴力、そのどれにも属せなかった魂の音楽。
今のこの世界にこそ必要な音楽とも感じる。

そして、この曲を指揮したのがカーチュン・ウォンだったということ。
それにも強い意味を感じた。

彼はシンガポール出身のマエストロで、中華系・マレー系・インド系が共存する多民族・多宗教国家で育っている。
国家ではなく「人」そのものを見るまなざしを持っている指揮者だ。

以前、インタビューで彼が語っていた言葉が忘れられない。

”クラシック音楽が「白人男性の遺産」だと言われると少しだけ寂しい。
そこには“誰のものでもない祈り”があるはずだから ”

この言葉を思い出したとき、私は彼のマーラーに込められたものを理解したような気がした。
イスラエルとパレスチナ、ウクライナとロシア。
国の側ではなく、祈りと記憶の側に立つ者として、彼はこの音楽を鳴らしていたのではないか。

祈りを託す指揮者──マーラーとウォンの交差点

そもそもウォンといえばマーラーだ。
彼のキャリアを語る上で欠かせない作曲家であり、最も深く自身の表現を託してきた相手だ。
だからこそ、この日の5番は単なる名曲の演奏ではなかったと思う。
まるで、彼自身の祈りを音にして差し出すような、とても個人的で、普遍的な瞬間だった。

美しいものが暴力で壊されていく。
それに対して「私たちはどう向き合うのか?」

マーラーの音楽は、その問いに真正面から向き合っていた。
悲しみでも、怒りでもなく「それでも生きろ」と言っているように思えた。