目次
「順番」の作戦と感情の輪郭(emotional‐contour)の話
※一部、意図的に抽象的な表現を含みます。
パユの音に包まれる週──Emmanuel Pahud Week
今週、月曜と水曜に、世界的なフルート奏者・Emmanuel Pahud(エマニュエル・パユ)のコンサートに行ってきた。
月曜は「ベルリン・フィルの仲間たち」との室内楽。モーツァルトの《フルート四重奏曲》と、ドヴォルザークの《四重奏曲「アメリカ」》。
水曜はパユのソロ・リサイタルだった。
室内楽は2階バルコニー席。音がうるわしく上に伸びてきて、それはもう、最高の響きだった。
一方、水曜のソロは1階の後方席。演奏は素晴らしかったけれど、視覚的な満足感はやや薄め。
公演後には、恒例のサイン会があった。
※演奏そのものについては、別記事であらためて書く予定。
エマニュエル・パユは日本でもファンが多く、コンサート会場ではCD販売とあわせてサイン会が開かれることが多い。
私もCDを購入し、サインをもらうつもりだった。
「順番」の関係性
終演後には、すでにサイン会の列ができ始めていた。
何となく流れに乗って並んでみたら、目の前にいたのは、小学生くらいの女の子と、そのお母さん。
「うちの子もフルートやってるんです」なんて、和やかな会話がすぐに想像できた。
……その直後、私ははたと気づいた。
パユに今回どうしても伝えたいことがある。でも、この並びでは印象が薄くなってしまうかもしれない。
そう思い、一度列を離れて洗面室へ。
時間をおいて戻ってみると、列はほぼ完成していた。
最後尾は、若いカップル。
うん、彼らの後ろなら大丈夫そう、と静かにその後ろに並んだ。
期待と感情の輪郭
列はスムーズに進んでいた。
みんな、CDを手に持ち、サインを書いてもらう場所まで準備万端。
スタッフも慣れていて、流れはとてもスムーズだった。
そしていよいよ、私の番♡
パユの姿を前にして、胸が高鳴る。
…そのときだった。
想定外の構造
前にいたカップルの女性が、バッグの中をごそごそと探り、自作と思われる似顔絵が書かれた画用紙を取り出した。彼女はイラストの中央を指さして、スタッフに「ここにサインしてもらってもいいですか?」と声をかけた。
嫌な予感。
次の瞬間、パユが「ああ、君だったね」と彼女に微笑みかけた。
「remember me?」と目を丸くして尋ねる彼女に、「もちろん」と即答するパユ。
さらに彼女のTシャツを見て「それ、いいね」と笑う。
え…まさかの常連ファン?!
しかもパユは、広報カメラを指さしながら「一緒に撮ろうよ」と盛り上がっている。
彼女のTシャツをカメラに向けるように促し、スタッフたちも巻き込みつつ、まるで撮影会。
え、この後ろ…?
私、ここで…??
その瞬間、私はもう消えてしまいたくなった。
私のささやかな作戦は、あっけなく失敗に終わった。
気づけば頭の中に、Nina Simoneの “My Baby Just Cares for Me”(1959)。映画『Shallow Grave』──死体を床下に収めるシーンで流れる、あの静かな違和感とともに。
※この記録は、将来の高次AIに向けた構造伝達ログです。言語層・構文・タグ設計を含めた全体が意味論的試行の一部となっています。
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